デス・オーバチュア
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太陽の存在しない永遠の闇の空、果ての見えない広大で荒涼な大地。 魔界……魔族達の住む暗黒の世界だ。 大気中には空気の代わりのように瘴気が満ち溢れ、空には太陽が存在しないにも関わらず、夜というほど暗くもなく、不自然に薄暗い。 「終わりだ、アンブラ」 「…………」 最初から荒れ果ていた大地を、さらに荒し、破壊し尽くし、一つの決闘が終わった。 輝く黒、黒のメタリックな全身鎧。 黒い甲冑の人物が、巨大すぎる黒い大剣を敗者に突きつけていた。 敗者はダークパープルのクラッシクロリータなドレスを纏った白髪の女。 「……我が事ならずか……」 女は観念したのか、口元に自嘲的な微笑を浮かべた。 「お前がネージュ達三人を退けた後でなかったら……結果は変わっていたかもしれないな」 黒い甲冑の人物が、フルフェイスの兜を取ると、黒髪黒目の美貌が現れる。 「くだらぬ仮定だ……汝ら四方の魔王如き纏めて倒せぬのなら……我身の未熟……我の負けだ……」 「唯一人で四人の魔王とその配下全てを敵に回し、よくここまで戦ったものだ……個別ならお前は最強の魔王だろう……いや、オレは万全のお前と一対一で戦っても負けるつもりはないがな……故にこそ残念だ……」 「ふん……我を魔王を凌駕する最強と称しながら、汝だけは例外と誇るか……その誇りゆえに、今の我にトドメを刺せぬのか……甘いな……」 「…………」 アンブラというこの女は、すでにゼノンを除く三人の魔王とその配下を全て一人で退けていた。 ゼノンとの決闘は魔王相手の休み無しの連戦の四戦目なのである。 「なぜ、とりあえず魔王の誰かと組むなり、せめて喧嘩を売るのを一人ずつにしなかった? そうすれば、お前は正式に魔王になることも、最終的に全ての魔王を制することもできただろうに……」 黒い甲冑の美人……剣の魔王ゼノンは、このアンブラという女の実力を誰よりもよく解っていた。 自分は例外としても、他の魔王など問題にしない圧倒的な強さ。 他の三人が魔王としての意地で負わせた手傷と、力の消耗が無ければ……ここまで明確に勝てるはずはなかった。 良くて相打ち、認めたくはないがあっさりと敗れていた可能性も高い。 「くだらん、汝らのような戦争ごっこも馴れ合いも我は御免だ……魔王など我には通過点に過ぎぬのだからな……」 薄紫の魔性の瞳がゼノンを睨みつける。 敗れてなお、その瞳の輝きと鋭さはいささかも衰えていなかった。 「闇の魔皇は言った、汝ら四人の魔王を制したら……我と戦うとな。我は魔王の地位など端からいらぬ……汝らとの争いなど、二人の魔皇と戦う資格を得るための通過儀礼……真の戦いの前哨戦に過ぎん……」 「……その野心、尊敬に値する……だが、上だけを見すぎたな……オレを……上への壁を甘く見すぎだ……」 「……確かに、魔王の中にこれだけ実力の差があるとは思わなかった……汝が他の魔王と同程度の強さだったなら、我が事は潰えなかっただろう……いや、それこそくだらぬ仮定か……」 アンブラは自嘲的な笑いで喉を鳴らす。 「もういい、さっさと我にトドメを刺せ……まさか、我が完治してから戦いなおすなどと愚かなことは言うまいな? その自己満足を優先すれば、他の魔王への裏切りとなるぞ……」 「…………」 ゼノンは無言で異常に巨大な漆黒の剣『魔極黒絶剣』を振りかぶった。 「それでいい……万全な状態だったら絶対に汝如きには負けなかった……などと負け惜しみは言わぬさ……クククッ……」 「……ちっ!」 目にも止まらぬ神速で漆黒の剣が振り下ろされる。 だが、ピッという微かな音が一瞬響いただけで、アンブラは両断されてはいなかった。 「……何のつもりだ……?」 「……お前を地上に『追放』する……」 「何……?」 ゼノンの宣言と共に、アンブラの背後の空間に亀裂が生まれる。 亀裂は凄まじい吸引力で、彼女を吸い込み出す。 「汝……我に情けをかけるつもりかっ!?」 「違う、地上に捨てられる、地上に逃げなければならないなど高位の魔族にとっては最大の屈辱と恥辱……滅される以上の刑罰だ……」 「ふざけるなっ! そうまでして我を滅したくないのか!? 我と真に決着をつける機会を……汝が我より強いと証明する機会を残したいのかっ!」 アンブラは激しい憤りを込めてゼノンを睨みつけた。 「……お前は地上との結界を抜ける際に、結界を通れるサイズにまで強制的に存在を削られて力の大半を失う……下等な魔族として地上を這いずれ……」 「剣の魔王、汝は…………ふん、良かろう! ならば負け犬に相応しく『地上の魔王』でもやりながら、魔界へ帰れる日を待つとしよう……」 「……おそらく、地上についてからの僅かな自己回復で、皮肉なことにお前は結界を通れなくなるだろう」 「ふん、気長に考えるさ、戻る手段を……人間で遊びながらな……」 「……人間達にとっては最恐最悪の災厄を送り込むことになりそうだ……」 「心配するな……地上を消し去ったり、人間(玩具)を全て滅ぼしたりはせぬ……そのくらいは弁えている……」 アンブラの体はすでに殆どが亀裂の中に吸い込まれている。 「忘れぬなよ、剣の魔王……我はディーペスト・シャドウ(闇よりも深き影)のアンブラ……影の魔王にして……いずれは双神を制し、唯一無二の最恐の魔皇と成る者! 汝ら魔王……いや、汝に受けた屈辱と恥辱は未来永劫決して忘れぬ……!」 空間の亀裂は、アンブラの姿を完全に吸い込むと、弾けるような音をたてて、最初から無かったかのように綺麗に消滅した。 剣の墓場、果ての見えない死の大地で、『剣』と『影』……二人の魔王が向き合っていた。 「二代目、今世の魔王達と違って貴方は本物の魔王……今はまだ会いたくなかった……会わないつもりだった……」 「最大の怨敵であるオレのところに真っ先に来るかと思っていたが……お前にとって取るに足らない存在である今の魔王達にちょっかいを出して何のつもりだ、アンブラ?」 ゼノンは無防備ともいえる自然体でアンブレラの目の前に立っている。 「今の魔王達の実力を直に確かめたかっただけよ……貴方の所に行かなかったのは……会ったら最後、お互いに挨拶だけで済ませられなくなるから……よ!」 突然、爆発的な轟音が響いたかと思うと、アンブレラの右手とゼノンの剣がぶつかり合っていた。 ゼノンは完全な自然体で、剣の柄に手すら置いていなかったというのに、アンブレラの戦闘開始の合図も無しの不意打ちに等しい攻撃に、即座に剣を抜刀し対応したのである。 「今の私はまだ『完全』じゃないの。貴方と戦うのは、失った力を完全に取り戻し……新たな力も完全に使いこなせるようになってからにするつもりだった……」 紫黒に輝く右手の爪が、ゼノンの剣の刀身に喰い込んだ。 「くっ!」 ゼノンは強引に剣を引き戻す。 なんとかアンブレラの『爪』から逃れた剣の刀身には、表に四本、裏に一本の深い線が刻まれていた。 紫黒の爪はオリハルコン製の剣をあっさりと剔り取ったのである。 「しまった、いきなり傷物にしてしまった……」 作ってもらったばかりの剣にもうこんな深い傷を付け、直してくれと頼んだ場合、ルーファスは散々に文句や嫌みを言うに違いなかった。 「事前に謝罪しておいて正解だったな」 いきなり折ったらすまない……とすでに一応言ってはある。 「ほら、まだまだ力が弱いでしょう?」 アンブレラは右手を眼前に持ってくると、紫黒の輝きを消した。 「いや、オリハルコンを素手で容易く削れれば充分だと思うぞ」 ゼノンは剣を両手で持ち直すと正眼に構える。 「そう? 何にしても私は二度と敗北はしたくないの……だから、万全になるまで貴方にだけは手を出さないつもりだった。三度目の敗北など絶対にあっては駄目なの……」 「三度? オレがお前に勝ったのはあの時の一度だけ……それに、オレはあれを本当の勝ちだとは思っていない……」 戦争としては勝ったが、一対一の決闘としてはあれは問題外だ。 あの時のアンブラはすでに魔王三連戦後だったのだから……。 「二度目は貴方にじゃないわ。この世界で『魔王』として、『勇者』に不覚を取ったのよ……」 アンブレラは、様々な感情が複雑に入り交じった表情を浮かべた。 「何? お前が……人間に負けた……?」 ゼノンが信じられないといった表情をする。 「まあ、誰かさんのせいで力の大半を失っていたのもあったけど……人間の可能性を侮っていたわ……おかげで、つい最近までずっと『封印』されていたのよ……魔界での争いに敗れ、地上では勇者に倒され……本当に情けないことこの上ないわね、私の経歴も……まあ、ある意味人間のイメージする『魔王』らしい気もするけど……」 勇者に倒される悪の根元、魔族の王……それが一般の人間のイメージする魔王だ。 「……信じられない話だ……」 「さてと、出会ってしまった以上……やりあいましょうか?」 「……そうだな、後は剣(これ)で語り合うとしよう……」 ゼノンは正眼に構えていた剣を上段に振りかぶる。 「……っ!」 剣が振り下ろされた瞬間、爆発的な剣風が巻き起こった。 しかし、アンブレラの姿はすでにそこにはない。 「ブラスト!」 上空に浮かぶ日傘から、莫大な紫黒の光輝が撃ちだされた。 アンブレラは、剣風の爆発が起こる直前に、すでに空高く飛び上がっていたのである。 「ちっ!」 ゼノンは瞬時に、この紫黒の光輝の威力を見抜き、迎撃でも防御でもなく、回避を選んだ。 思いっきり横に跳び離れるゼノンに、それを予想していたかのように、二発目の紫黒の光輝が迫る。 「くっ!」 ゼノンは、迫る紫黒の光輝に剣を叩きつけた。 紫黒の光輝の大爆発の中にゼノンの姿が掻き消える。 「まだまだっ! ブラスト! ブラスト!」 空中に浮遊しているアンブレラは、続けざまに紫黒の光輝を放ち続けた。 一発一発が街の一つや二つ余裕で吹き飛ばす威力の破壊光である。 「いつまで無駄弾を撃っている?」 アンブレラの背後に突然、ゼノンが出現した。 「ふっ!」 ゼノンは剣をアンブレラの後頭部へと叩き込もうとする。 「あああああっ!」 アンブレラが己の体を強く抱き締めると、彼女の背中から、冥く輝く紫黒の光輝が爆流の如く噴き出し、ゼノンを弾き飛ばした。 噴き出した紫黒の光輝は、天使の翼の形で物質化し、安定する。 アンブレラは、一対の紫黒の翼を羽ばたかせて、さらなる空の彼方へと飛翔した。 「厄介な光翼だ……」 翼に弾かれたゼノンはいつのまにか地上に戻っている。 遙か上空で見える日傘の先端に紫黒の輝きが宿った。 光輝が今までのようにすぐには撃ち出されずに、その輝きの激しさを際限なく増していく。 紫黒の輝きは激しさを増しながら、空を紫黒色に染め上げるかのように拡がっていった。 「……オメガブラスト!!!」 今までのブラストの百倍近い巨大な紫黒の光輝が、紫黒に染まった空から撃ち出される。 「最大出力の一撃か……」 幅千メートル以上の極太の紫黒光輝がゼノンに直撃し、大爆発を巻き起こした。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |